2017.08.30 Wed

クリエイターは天職ですが、ずっと、まだ、石の上>>江夏正晃氏&江夏由洋氏(マリモレコーズ)

音楽が専門で兄の江夏正晃氏と、映像が専門で弟の江夏由洋氏を中心とするアーティストユニットとして、2000年に始動したマリモレコーズ。2005年以降は法人となり、各種音楽&映像の企画・制作・配信や、イベントの企画・運営・音響制作などを包括して担うクリエイター集団として活動している。2007年からは正晃氏が関西学院大学の非常勤講師、2016年からは由洋氏が立教大学の兼任講師も務めており、後進の育成にも取り組んできた。本記事では、江夏兄弟の仕事観を通して、「クリエイターとは何か」を探っていく。

江夏正晃氏(代表取締役)

株式会社マリモレコーズ

ピアノ教師の母の影響で、幼少時から音楽に親しむ。大学・大学院では土木工学を専攻し、大手メーカーで海外プラントの土建設計を担当しつつ、音楽活動を行う。33歳のときに退職し、音楽活動を本格化。2005年にマリモレコーズを設立。音楽プロデューサー・作曲家として、Charisma.com、小比類巻かほる、サカモト教授などをプロデュース。CMやTV番組の楽曲も多数制作している。弟の由洋氏と共に、FILTER KYODAIというユニットも展開。2007年からは関西学院大学の非常勤講師も務める。

江夏由洋氏(専務取締役)

株式会社マリモレコーズ

民放TV局を2008年に退職し、マリモレコーズに参加。映像作家として、CMやTV番組、4Kデジタルシネマの映像を多数制作。ソニー、パナソニック、キヤノン、富士フイルムなど、多数のクライアントのプロモーション映像を手がけている。2016年からは立教大学の兼任講師も務める。

marimorecords.com/

「守備範囲が広すぎる。こりゃヤバイ」と感じる人の方が多い

CGWORLD(以降、C):ほとんどのコンテンツにおいて、音楽と映像は切り離せない関係にありますが、包括して制作しているプロダクションは意外と少ないように思います。ご兄弟がタッグを組み、ピタリと息の合った音楽と映像を制作なさっていることが、マリモレコーズの強みだそうですね。

江夏正晃氏(以降、正晃):当社には僕らを合わせて6人のスタッフが所属しており、音楽なら作曲からマスタリングまで、映像なら撮影から編集まで担えます。企画やグラフィックデザインもカバーしているので、文字通り最初から最後まで、求められれば何でもやります。僕が弟の撮影現場に同行することもありますし、僕の音楽に合わせて弟がフレーム単位で映像を調整することもあります。縦割りの制作体制ではなく、お互いの状況を確認しながら、つながりの深いつくり方ができるので、必然的にクオリティは高くなります。小回りがきき、最小人数で大きなパフォーマンスを発揮できる体制を心がけており、その点を評価してくださるクライアントは多いです。

C:音楽や映像制作を志している学生の中には「音楽と映像の両方に携わりたい」と思っている人たちもいます。そういう人にとっては、マリモレコーズのスタイルはとりわけ魅力的に映るでしょうね。

正晃:弟は作曲もできますし、僕も映像のことが多少はわかります。それでも、相手の専門分野に対して、深く踏み込んで意見を言うことはありません。10年以上やってきても、そんなものです。ましてや学生が「音楽と映像の両方に携わりたい」と言っても、「できないだろう」と思ってしまいます(苦笑)。学校で音楽・映像制作のワークフローを学ぶと、その全てを担える現場が存在するように思いがちですが、実際の仕事では、1人で全部を担っている人はまずいません。ただ、当社のような環境に身を置けば、一通りのながれを俯瞰できるので、自分に何が向いているのか、わかるようにはなるでしょう。

江夏由洋氏(以降、由洋):映像だけに限っても、当社の場合、企画書制作・実写撮影・CG制作・映像編集など、ワークフローの広範囲を担当できてしまいます。クライアントとのコミュニケーションから、カメラやレンズの操作、照明、4KやHDRの映像編集まで、様々なノウハウが必要になるので、「守備範囲が広すぎる。こりゃヤバイ」と感じる人の方が多いようです。

正晃:スタッフの中には、学生時代のアルバイトから始めて、今年で7年目になる人もいます。まだ30代前半のカメラマンですが、1人で撮影現場に行ってもらうこともあるほど信頼しています。ワークフローを横断して理解しながら、自分のやりたいことを探したいという人であれば、当社のような会社は合っていると思います。

由洋:そんな人、滅多にいないですけどね(笑)。

正晃:どこかにいると僕は踏んでいるんですが、なかなか出会えないです(笑)。

▲マリモレコーズが制作した、MOA美術館のプロモーション映像。同美術館が所蔵する「色絵藤花文茶壺」「紅白梅図屏風」などの国宝の美を、クリアな音楽と映像で伝えている

多様性を培う一方で、自分の個性を生かす術も探す

C:ご兄弟は、それぞれ関西学院大学と立教大学の講師も兼務なさっており、学生と接する機会が多いと思います。学生のデモテープ(デモ音源)やデモリールを、採用する立場から評価するとしたら、何に注目しますか?

正晃:基本的に、デモテープやデモリールはあまり気にしません。作品よりも、その人の人間性や、その人が当社でやっていけるかどうかの方が重要だからです。僕らは有名な作家ではないので、自分たちの色を押し切って、ものをつくれるわけではありません。クライアントが欲しているトーン&マナーに合わせた音楽や映像をつくり、納めることが仕事です。

由洋:どうすればクライアントの先にいる消費者が喜んでくれるか、売上につながるフックは何かといったことまで視野に入れる必要があるので、自分が得意なものだけで押し切れるわけではないのです。兄の場合は、ダンスミュージックも、クラシックも、ジャズも、ロックもつくっています。僕の場合も同様に、幅広いジャンルの映像を手がけます。

正晃:子供向け番組の楽曲から、映画のサウンドトラックのオーケストレーションまで、何でもやります。そういう多様性をもてなければ、この仕事を長く続けていくことは難しいでしょう。学生時代につくった5本や10本の作品だけでは、その先の人生の、その人の多様性の程度は推し量れません。

C:そういう多様性は、どうやったら身に付くのでしょうか。

正晃:日々つくり続ける、ようは千本ノックです(笑)。クリエイターであり続けたいなら、上り調子のときも下り調子のときも、黙々とつくり続けることが大切です。続けていれば、自ずと多様性が求められ、培われていきます。多様性を求められたときに拒絶反応を示さないこと、多様性を培う一方で自分の個性を生かす術も探せることが重要だろうと思います。加えて、自分が師事する人、自分が好きになる人、自分が影響を受ける作品によっても、つくる作品は変化していきます。学生時代の作風を一生貫き通すなんてことは、ほとんどないと思うのです。

色々な制約や条件のもとで、満点を目指しつつ80〜90点で妥協する

由洋:僕らが人を見るときに「あ、ここだ」と思うポイントの1つとして、「たくさんのタスクを投げられた場合に、どのように処理するか」というものがあります。最初に投げられたタスクを処理している最中であっても、往々にして、どんどん追加のタスクが積まれます。すごくカッコ良い作品をつくる人であっても、2個目のタスクを渡した瞬間に、テンパってしまったり、できなくなってしまうようでは、当社には向いていません。

正晃:当社はもちろん、自分たちの作品づくりを本業とすること自体に向いていない気がします。全く別の仕事をやりながら、空き時間に自分の好きな作品をつくり続けていく......というのであれば、あり得るかもしれません。どんな業界であろうと、物事に対してきちっと1つ1つ取り組み、周囲とコミュニケーションを取り、「間に合わない。ヤバイ」と感じたら、事故が起こる前に報告をして、予防線を張る。その上で、納期や予算を守り、常に80点以上の成果をクライアントに提出することが重要である点は共通しています。学生の宿題であれば、「忘れてました」と言って逃げられますけどね。

由洋:仕事であっても、逃げちゃう人はいますからね。撮影の日に来ないとか。

C:それは困りますね......。

正晃:すごく困っちゃいますが、何回もありました。電話に出なくなる人、会社に来なくなる人......。しばらくすると、泣きながら「ごめんなさい」と言って出てきたりとか(苦笑)。そういう人の多くは「クリエイターは1発当たったら、すごいお金がもらえて、すごい楽な生活ができて、美味しいものが食べられて、好きなときに休みが取れる」というように、誤解しているんじゃないでしょうか。実際のクリエイターの仕事は極めて地味ですし、厳しくもあります。

由洋:色々な制約や条件のもとで、満点を目指しつつ80〜90点で妥協する。納期を破って、無制限に時間を使えるわけではありませんからね。僕らの仕事は、常に妥協の産物です。でも、一握りの部分で、自分の色を出せる。ほかの人とはちがう角度で撮影したり、自分ならではの表現を試みたりする隙間はあります。そこが、ほかの仕事とクリエイターの仕事のちがいだと思います。

正晃:僕のつくった音楽を世の中に送り出しても、注目されることなく消えていく場合もあります。一方で、忘れた頃に「あの曲、良いね」と言ってもらえる場合もある。そういう喜びが、クリエイターの仕事にはありますね。僕自身は、クリエイターの仕事を天職だと思っています。起きてから寝るまで音楽に携わっていられる毎日に、大いに満足しています。時にはバッシングされたりもしますが、「色々な人がいる」というように受け止めて、「石の上にも三年」の気持ちで、強い心で千本ノックを続けることが重要だと思います。

由洋:三年どころか、僕らはずっと、まだ、石の上です(笑)。

正晃:そうですね(笑)。クリエイターであり続けるためには、目の前にある一瞬の嫌なことから逃げ出すのではなく、我慢して、一定期間以上、同じ場所に踏み留まる必要があると思います。そうすることで、何らかの活路が見い出せるようになりますし、ノウハウも人脈も培われます。「本当にダメだ」と判断してクリエイターの道を諦めるにしても、1年や2年で判断するのは早いと思います。

▲富士フイルムのシネレンズのプロモーション映像。同社の2種類のレンズ(MK18-55mm T2.9、MK50-135mm T2.9)を駆使して、由洋氏が多彩な被写体を撮影している。その映像に彩りを加える音楽は、正晃氏によってつくられている

研鑽を怠ると、気付いたときには社会から乖離している

正晃:サラリーマンの場合は、決められた時間だけ仕事をすれば、定期的に給料が振り込まれます。でも僕らの場合は、常に勉強をして、新しいノウハウを貪欲に吸収し、80点以上のアウトプットを出し続けないとお金をいただけません。研鑽を怠ると、気付いたときには社会から乖離して、必要とされなくなるという危機感を常に抱えています。

由洋:当社のような小さな会社は付加価値が全てです。世の中の景気に左右されず生き残っていくためには、常に自分たちの付加価値をつくり続ける必要があります。黙々と研鑽を続け、謙虚な自信を養っていく。そういうことに面白さを感じられれば、クリエイターの仕事に向いていると思います。

C:「謙虚な自信」というのは、どういう意味でしょう。

由洋:「どれだけ自分に自信をもてるか」というのが、仕事をする上では非常に大切です。でも、「俺は何でもできるぜ」と豪語して、適当なアウトプットをするようでは長続きしません。

正晃:僕らの場合、一見すると「無理だろう」と思うような仕事をご相談いただくことがよくあります。そういうときに、「難しい仕事が来たな。できるかな? できないかな? できないんだけど、こうやったらできる! よし、やろう!」という判断をするだけの自信や先見の明があれば、どんな球が飛んで来ようと、活路を見いだせると思います。

C:では最後に1つ、質問をさせてください。ご兄弟が学生時代に戻れるとしたら、未来の自分のために何をやりますか?

正晃:旅をしますね。「かわいい子には旅をさせよ」ということわざもあるように、旅は人間を成長させます。新しい文化や価値観、危機管理能力も学べます。音楽でも映像でも、何でも良いので、自分なりのテーマをもち、自分で旅を計画してみることをお勧めします。実際、僕は大学院の卒業旅行として、弟と2人でヨーロッパの著名な橋を見て歩く旅をしました。大学院時代は橋梁工学を学んでいたので、橋に興味があったのです。

フランスに立ち寄った際、ミノルタ(現:コニカミノルタ)の銀塩カメラが壊れてしまい、現地の橋を撮影したフィルムが取り出せなくなるというアクシデントが起こりました。強引にフィルムを取り出せば、せっかく撮影した橋の写真が消えてしまいます。カメラも使えないので、旅を続けるにしても大問題でした。

弟と2人でミノルタのパリ支店を探し出し、居合わせた日本人職員に泣きついて、「このカメラは大切なんです。フィルムも大切なんです。何とかして助けてもらえないでしょうか」とお願いしました。

由洋:インターネットのない時代にね(苦笑)。

正晃:そのときの僕は、この職員に僕の危機的状況を理解してもらい、気持ち良くフィルムを取り出してもらい、カメラも直してもらい、しかも代金を安くしてもらうためにはどうすればいいか、必死に考えて行動しました。

C:そういう経験は、人を強く賢くしますね。

正晃:危険地帯に立ち入るといった行動は論外ですが、旅の途中で遭遇した危機や問題に対して、どう立ち向かうのか、あるいは回避するのかを真剣に考える経験は、後々の仕事や人生に良い影響を与えると思います。例えばクライアントに怒られたとき、逃げ出すのではなく、どう対処するかを考えることにもつながっていくでしょう。旅をすると、多くの人は変わります。

由洋:旅をすることは僕も賛成です。あえてもう1つあげるとしたら、家族や友達との時間をたくさんつくっておきたいですね。仕事に就いて、自分の家族をもつと、学生時代に付き合っていた人たちとは疎遠になってしまいます。そうなる前に、目の前にある財産をきちっと確認しておきたいです。英語にはAppreciate(※)という単語があり、いい言葉だなと思います。そういう気持ちで友人たちと向き合い、連絡先を交換しておけば良かったと今になって思います。

※正しく理解する、感謝する、有り難く思うといった意味をもつ。

クリエイターは色々なプレッシャーに囲まれながら仕事を進めなければいけないので、利害関係なく何でも話せる仲間をつくっておくことで、救われる場合もあるでしょう。

C:印象深いお話を聞かせていただき、有難うございました。





TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充

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