東洋美術学校 クリエイティブデザイン科 高度グラフィックアート専攻は、CG・映像制作を学ぶ4年制学科だ。ここでCGを教えるフレイムの北田能士氏は、これからチーム制作を開始する2・3年生が、日本を代表するプロフェッショナルからプロジェクト管理の極意を学ぶ連続講義を企画した。本連載では、この講義の模様をお届けする。

作品をつくるとき、1番最初にプロジェクトの扉を開け、最後に閉める役割を担うのがプロデューサーだ。現役のプロデューサーは、どんな経歴を有し、何を考えてプロジェクトと向き合っているのか。それを伝える語り手として、東映アニメーションの野口光一氏と、ポリゴン・ピクチュアズの塩田周三氏が招かれた。

※本記事は、『CGWORLD Entry』vol.18 (2017年5月発行号)掲載の「制作進行概論~プロジェクトの開始から終了まで~ 第1回」を再編集したものです。

記事の目次

    野口光一氏(プロデューサー) 東映アニメーション株式会社

    1989年、テクニカルディレクターとしてリンクス(現:IMAGICA)へ入社。1994年に渡米し、映画のVFX制作に従事。帰国後、ポリゴン・ピクチュアズなどを経て、東映アニメーションへ入社。映画・ドラマのVFXスーパーバイザーとして活動する傍ら、初プロデュース作品となる『楽園追放』(2014)をヒットへ導く。現在放送中の『正解するカド』(2017)は、2作目のプロデュース作品となる。
    ww.toei-anim.co.jp

    塩田周三氏(代表取締役) 株式会社ポリゴン・ピクチュアズ

    エグゼクティブプロデューサー。幼少期の9年間をアメリカで過ごし、上智大学 法学部 国際関係法学科を卒業。新日本製鐵を経た後、ビジネス・コンサルタントとしてポリゴン・ピクチュアズのコンテンツ企画を担当。1997年にはドリーム・ピクチュアズ・スタジオの設立に協力。1999年よりポリゴン・ピクチュアズに所属し、2003年に同社代表取締役に就任。
    www.ppi.co.jp

    北田能士氏(取締役) 株式会社フレイム 株式会社冬寂

    デジタルハリウッドにて1年間CGを学ぶ。2003年、大林 謙氏(代表取締役)と共にフレイムを起業。CM、映画、Web、ゲームなど、様々な媒体のCG・映像制作に携わる。2013年には自身が代表取締役を務める株式会社冬寂を設立。デジタルハリウッド、東洋美術学校ではCGの講師も務めている。
    www.flame-design.co.jp
    www.w-m.co.jp

    今の日本のCG業界は、管理を担える人が足りない

    北田能士氏(以降、北田):この教室にいる学生たちは、プロとしてCG・映像をつくることを目標にしています。だったら、闇雲にMayaやAfterEffectsを使うだけではなく、作品のアウトプットを念頭に置いた工程管理ができるようになってほしい。そんな意図で、この連続講義を企画しました。本日お招きした両氏は、どちらもヒット作のプロデュースを手がけておられる。まずは、お2人がプロデューサーになるまでの経緯を語っていただけますか?

    野口光一氏(以降、野口):僕は1989年にテクニカルディレクターとしてリンクス(現:IMAGICA)へ入社しました。皆さんが生まれる前の話ですね。その後、1994年にアメリカへ渡り、ハリウッド映画のVFXに携わった後に帰国。ポリゴン・ピクチュアズなどを経て、東映アニメーションへ入社しました。

    塩田周三氏(以降、塩田):野口さんが入った頃の当社は、特に大変な時期でした。忙しいときは泊まりで仕事して、7個しかない仮眠用の簡易ベッドを誰が使うかで、大騒ぎしたこともありました。

    北田:その話、30代以上の業界経験者なら笑えますけど、学生はドン引きしますよ。

    野口:今の当社のCGチームは、遅くとも22時には帰宅しています。当社に限らず昨今のCGアニメーションの会社は、基本的に夜は帰るし、土日は休みます。

    北田:野口さんは東映アニメーションに入った後、人事異動でプロデューサーに転向されている。ずっとCGをつくってきた方が、全然ちがう立場になることを求められたとき、どんな心境になるものですか?

    野口:自分がプロデューサーに向いているのか未だにわかりませんが、会社から言われたことはまっとうしようという思いでやっています。日本のCG業界はまだまだ歴史が浅いので、管理を担える人が足りないのです。だから年をとると、管理側にまわることが求められます。でも今の20代が、40代、50代になる頃には、それなりの数のプロデューサーや監督が出揃うでしょう。希望すれば生涯CGをつくり続けられる時代になっていると思います。

    ▲本講義は、2017年3月9日、東洋美術学校にて実施された

    ライツを管理、運用することで収益を得る

    北田:塩田さんがプロデューサーになるまでの経緯も教えていただけますか?

    塩田:僕の経歴は、全然皆さんの参考にならないと思います。6~15歳まで、9年間アメリカで暮らし、帰国して東京の大学の法学部へ進学しました。新日本製鐵に入社して、製鉄所勤務を希望したけど叶わず、新規事業のIT部門に配属されたのです。触ったこともなかったコンピューターの仕事をやりはしたものの「このままだとイカン」と漠然と思い、29歳で会社を辞めてフラフラしていたら、僕より先に辞めてポリゴン・ピクチュアズのコンサルタントをしていた先輩から声がかかりました。「食うために仕事が必要やろ。手伝え」と言われ、1997年頃から、総制作費80億円のフルCG映画の制作に関わるようになったのです。

    北田:アメリカでは『トイ・ストーリー』(1995)が公開され、日本でもCGへの期待が高まっていた時代ですね。

    塩田:入社から2年間くらいは、当社もすごく潤っていました。でもバブルがはじけ、企画していた映画は完成しなかったのです。その後10年間くらいは、延々と"死のロード"が続いたわけですよ。野口さんが当社に入ったのは、そんなロードの真っ最中でした。

    野口:大変でしたね......。

    塩田:それでも、ハリウッド基準を目指して構築した大規模制作ラインと、70人近いスタッフは何としても留めなきゃいけないと、関係者で話し合いました。ところが当時の日本には、そんな制作ラインを活かせる案件がなかったのです。そこで2000年頃から海外への営業を始め、2005年にようやく『プーさんといっしょ』(2007~2010)を受注できました。

    北田:そういう経緯があったから、『スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ』(2008~2014)、『超ロボット生命体 トランスフォーマー プライム』(2010~2013)、『トロン:ライジング』(2012~2013)といったアメリカの著名タイトルのTVシリーズを数多く手がけるスタジオという、独自の地位を築けたのですね。

    塩田:エミー賞を何度もいただき、アメリカではTVコミュニティのど真ん中に身を置けるようになりました。一方、日本ではまだまだ無名の会社でした。でも『トロン:ライジング』の制作中に培ったセルシェーディングの技術を応用すれば、日本のマーケットでも受け入れられる作品をつくれるだろうという勝算でもって、瀬下寛之(監督)や守屋秀樹(エグゼクティブプロデューサー)たちが『シドニアの騎士』(2014~2015)の企画を立ち上げたのです。

    北田:『シドニアの騎士』以降、塩田さんは作品制作を現場に任せており、タッチしていないと公言されていますね。

    塩田:僕の役割は、作品制作に必要なお金を調達することです。残念ながら、アニメというコンテンツは、つくるだけでは大した収益を得られません。出資することで作品の製作委員会に名を連 ね、ライツを獲得し、それを管理、運用することで収益を得る。『シドニアの騎士』以降の作品では、そういうビジネスをより積極的に展開しようと考えました。そして、ライツの運用に当たり、当社が1番影響力を発揮できるのはアメリカ市場だと思ったのです。

    北田:Netflixからの世界各国へのストリーミング配信の背景には、そういう戦略があったのですね。Netflixとは直接交渉なさったのですか?

    塩田:そうです。アメリカでもTVコミュニティは狭いので、共通の知人を介して紹介してもらいました。Netflix側も僕らが『トロン:ライジング』をつくったことは知っていて、「君ら上手いよね」と言っていただき、トントンと話が進みました。

    北田:すごいですね。当社を含め、多くのCGプロダクションがライツ獲得の重要性を理解しつつ、資金不足、交渉力不足などで実行にはいたっていない。さっき野口さんも言われたように、ライツを管理、運用した経験のあるプロデューサーは、CGアニメーションの世界では少数でしょう。

    『シドニアの騎士』(2014~2015)。ポリゴン・ピクチュアズ、キングレコード、講談社の共同出資によって製作されたアニメシリーズ。ポリゴン・ピクチュアズと直接契約したNetflix(世界190以上の国、9,300万人が利用する世界最大級のオンラインストリーミングサービス)によって各国へ配信された ©弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局

    原作:弐瓶 勉
    監督(第1期):静野孔文
    監督(第2期):瀬下寛之
    アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ

    作品をヒットへ導く原動力としてふるまう

    野口:おっしゃる通り、今はCGアニメーションのプロデューサーをやる人自体が少ないので、ライツ管理の経験者も少数だと思います。つまりポストが空いているのです。だから僕は2009年に会社からプロデューサーへの異動を言い渡されたとき、CGアニメーションしかやらないと決めました。誰もがやれることは、あまりやりたくない。他の人とはちがう仕事、自分ならではの仕事を世に出したいと思っています。

    北田:そうして生み出されたのが『楽園追放』(2014)だったわけですね。

    野口:出るまでに5年かかりました。僕のようなプロデューサー未経験者に、5年がかりで作品をつくる場を与えてくれた当社の懐の広さ、チャレンジ精神はありがたいと思っています。

    北田:『楽園追放』をつくるに当たり、企画書は用意なさったのですか?

    野口:はい。その作品でやりたいこと、テーマ、制作に必要な予算、アウトプット先などを書きました。当社は東映グループなので、劇場作品をアウトプットする場所は確保できます。東映配給か、ティ・ジョイ配給の二者択一です。一方で、TVアニメをアウトプットする場所はもっていないので、現在制作している『正解するカド』(2017)の場合は、ちょっと苦労しました。

    北田:作品の企画ではアウトプット先の確保が課題になる場合も多いですが、劇場を確保できることは大きな強みですね。

    野口:『楽園追放』の企画に際して、当社の先輩プロデューサーから、「作品を完成させるまでには、5年、6年かかる。下手したら10年かかるかもしれない。途中で頓挫しかけることもある。だから絶対にやりたいものを企画しなさい。でないと途中でつらくなる」という主旨のアドバイスをいただき、それを心がけました。

    北田:企画が固まり、脚本家や監督が決まり、プリプロダクションが終わり、本格的なプロダクションがスタートすると、ある段階からは止めたくても止められなくなりますよね。

    野口:出資者からお借りしたお金で作品をつくり始めたら、ちゃんと完成させて、ヒットもさせて、その利益を出資者に還元しなければいけませんからね。そのための原動力としてふるまうことが、プロデューサーには求められます。そこが1番大変ですね。大勢の人が集まって作品をつくっていると、どこかで喧嘩が始まったりもする。それを仲裁するのもプロデューサーの仕事なので、学校の先生のような気分になることもあります。

    『楽園追放』(2014)。野口氏が初めてプロデューサーを務めたオリジナル劇場作品。ティ・ジョイ配給で劇場公開された。上映劇場数13館という小規模展開にも関わらず、2014年11月15日~30日までの期間に6万5千人以上を動員し、興行収入は1億円を突破した ©東映アニメーション・ニトロプラス/楽園追放ソサイエティ

    監督:水島精二
    脚本:虚淵 玄
    アニメーション制作:グラフィニカ
    企画・製作:東映アニメーション

    プリプロダクションの制御が1番の課題

    北田:仕事の内容を伺っていくと、同じプロデューサーでも、作品との関わり方がまったくちがう点が面白いですね。塩田さんの場合は、瀬下監督や守屋プロデューサーたちが企画した作品に対して、必要なお金を調達する役割を担っている。野口さんの場合は、ご自身で企画を立てた後に、脚本家や監督に参加を依頼していくというつくり方をされている。

    野口:当社では演出からプロデューサーになる人も多いので、プロデューサー自身が作品完成までの推進力となるケースをよく見ますね。とはいえ、作品のいろどりは監督によって決まるので、監督が何を1番やりたいのか、表現したいのかを聞いて、それを具現化することを心がけています。

    北田:塩田さんの場合は、仕事をするに当たり何を心がけていますか?

    塩田:やるからには勝つことと、世界中の人に楽しんでもらえるストーリーテリングにすることの2点ですね。1点目に関しては、勝つと言っても、僕らはピクサーと同じような戦い方はできません。それだけの"武力"をもち合わせていない。であれば、僕らがもちうる武力の中で、どう差別化するか、戦略をねる必要があります。その点で、セルシェーディングというルックは有効な戦略のひとつだと思っています。ただし、従来のセルアニメの模倣に終始するつもりはありません。僕らの作品の浸透に合わせて、徐々にCGらしい要素も加えていこうと思っています。

    北田:確かに5月公開の『BLAME!(ブラム)』(2017)のルックは、陰影にグラデーションを多用したり、実写のような光の反射を取り入れたりと、よりCGらしい画づくりをしていますね。

    塩田:2点目に関しては、王道の、わかりやすいストーリーテリングを心がけています。あまりニッチな路線には傾倒しない。その心がけが、特に海外で売るときに効いてくるのです。『BLAME!(ブラム)』の場合、弐瓶 勉さんの原作コミックは複雑なお話でした。しかし映像化にあたり、極めてわかりやすいストーリーへと再構成させていただきました。ファンの間では賛否両論あるかもしれませんが、海外も含めた、より多くの視聴者に見ていただくためには必要なことだったと思っています。

    北田:実際『シドニアの騎士』や『亜人』(2016)のファンは南アフリカにもいて誇らしかったと、先日Twitterでつぶやかれていましたね。

    塩田:ええ。数日前まで南アフリカに出張していて、「大ファン」と言ってくれる人がけっこういたのですよ。皆が汗を流して制作した作品が、世界の隅々まで届いていることを実感でき、嬉しかったですね。

    北田:着実に、勝てる組織を構築なさっていて、すごいなと感じます。

    塩田:まだまだ課題は多いです。特にプリプロダクションの制御が、今は1番の課題ですね。どんなルックで、どんなストーリーを語るのか......。ご存じの通り、CGの場合は画に映る全てをアーティストがつくらなければいけません。演出を理解した上で、予算とスケジュールの枠の中で、具体的なCGへと落とし込んでいけるCGディレクターも必要なのです。

    『BLAME!(ブラム)』(2017)。『シドニアの騎士』のスタッフが再結集して制作された劇場作品。原作者の弐瓶 勉氏による全面協力・総監修の下、完全新作ストーリーへと再構成されている。2017年5月20日より、2週間限定で劇場公開。Netflixによる世界各国への独占配信も決定している ©弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局

    原作・総監修:弐瓶 勉
    監督:瀬下寛之
    アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ

    勝つためには日常ドラマをやるしかない

    北田:『正解するカド』も、いよいよ4月から放送開始ですね。キャラクターのルックはすごく手描きに近付けてあり、違和感がありません。

    野口:今回はメカの出番が少なく、ロボットは出ません。ストーリーはSFですが、基本的に会話劇で、日常芝居が中心です。周囲からは色々言われましたが、ポリゴン・ピクチュアズの作品を超えるには、日常ドラマをやるしかないだろうと思ったのです。

    北田:......攻めましたね。

    塩田:攻めましたね。

    野口:今回は2作目だから、1作目よりもバットを長く持って、ホームランを狙おうと、当初は思っていました。でも先輩から「あんまりバットを長く持つな。とにかく1塁に出ることが大切だ」と言われ続けましてね。自分では堅実なビジネスをやっているつもりです。企画当初は男性の支持が多いかなと思っていたのですが、思いの外、女性に支持されています。......ヒットしたら、もっと語ります。

    北田:これまでもお2人の仕事や考え方については、記事などの文章を通して触れてきましたが、実際に直接お会いして話を伺っていくと、会社で組織運営をされている方々なのだということがひしひしと伝わってきました。学生たちは、プロデューサーという仕事の役割が以前よりも想像できるようになったと思います。どうもありがとうございました。

    『正解するカド』(2017)。野口氏にとって2作目のプロデュースとなる、オリジナルTVシリーズ。東映アニメーションが初めてTVシリーズでセルシェーディングのフルCGキャラクター表現に挑む意欲作として、注目を集めている。2017年4月より放送開始 ©TOEI ANIMATION,KINOSHITA GROUP,TOEI

    総監督:村田和也
    シリーズディレクター:渡辺正樹
    脚本:野﨑まど
    アニメーション制作:東映アニメーション

    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充