TVアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』OP(2012〜2013)、『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース』OP(2014〜2015)、リズムゲームアプリIDOLiSH7『RESTART POiNTER』MV(2016)、『ドラゴンクエストミュージアム』オールスター集結バトルシアター用映像(2016)などの制作で知られる神風動画による「CGWORLDゼミ『神風動画』流公開講座」が、総合学園ヒューマンアカデミーの全国9会場で開催された。8月21日(日)に行われた東京会場の講座には、代表取締役の水崎淳平氏に加え、前述の『RESTART POiNTER』MVを手がけた仲道 える沙氏(ディレクター)、加藤緑里氏(モデリングチーフ)、清水久美氏(アニメーションチーフ)も登壇し、MV制作の舞台裏を数多くの静止画、動画と共に紹介した。本記事では、加藤氏が制作した二階堂 大和(にかいどう やまと)の手のモデリング動画にスポットを当て、そこに込められたこだわりの数々を解説する。

記事の目次

    水崎淳平氏(代表取締役)

    有限会社神風動画

    2003年に有限会社 神風動画を設立。遊び心とスタイリッシュな映像センスが一体となった作家性を武器に、アニメやゲームの OP、MV、CM などの短編映像を中心に制作している。座右の銘は「妥協は死」。『RESTART POiNTER』MVでは、クリエイティブ プロデューサーのような立場で制作を見守ったという。

    仲道 える沙氏(ディレクター)

    有限会社神風動画

    4年制の専門学校でCGを学んだ後、2014年に神風動画へ入社。『RESTART POiNTER』MVではディレクターとしてチームを牽引しつつ、絵コンテをはじめとする実制作も担当している。

    加藤緑里氏(モデリングチーフ)

    有限会社神風動画

    2年制の専門学校でCGを学んだ後、2013年に神風動画へ入社。『RESTART POiNTER』MVではモデリングチーフを担当。本記事で紹介する二階堂 大和を含めた3人のキャラクターをモデリングする傍ら、他4人のキャラクターや背景のモデリング監修も行なった。

    清水久美氏(アニメーションチーフ)

    有限会社神風動画

    スクールでCGを学んだ後、2011年に神風動画へ入社。『RESTART POiNTER』MVではアニメーションチーフを担当。本作における7人の生き生きとしたダンス表現には、高校時代からダンスを続けてきたという清水氏の経験が活かされている。

    MV自体はもちろん、それをつくることも楽しいんだなと感じてほしい

    「IDOLiSH7(アイドリッシュセブン)」は、2015年8月にリリースされたバンダイナムコオンラインのリズムゲームアプリだ。神風動画では、本作の主人公である7人の男性アイドルグループが歌う楽曲『RESTART POiNTER』のMVを制作した。本作は公開直後から大きな反響を呼び、2016年10月時点での再生回数は約190万回に達している。なお、MVの尺(長さ)は約3分、総カット数は76カットで、主な制作スタッフは社内外合わせて15名(モデリング3名、アニメーション10名、撮影処理(コンポジット)2名)となっている。

    ▲IDOLiSH7『RESTART POiNTER』MV ©アイドリッシュセブン

    会場を埋め尽くす受講者に対し、講座の冒頭、水崎氏は次のように語りかけた。「会場の中には『IDOLiSH7が好きだから来ました!』という人も結構いらっしゃるみたいですね。この業界で働く人の多くは、かつて何らかの作品と出会い、その作品を好きになり、自分もつくりたいという思いが原動力となってこの業界に入ってきています。ここにいるスタッフたちも、僕自身もその1人です。好きだから、どうやってつくっているのか知りたくなって、この会場に来てくださった。その思いはとても嬉しいです」

    水崎氏が語ったように、講座にはIDOLiSH7のファンが数多く足を運んでいた。加えて、進路を模索中の学生、3DCGを勉強中の学生、3DCGを仕事にしているプロなども参加していた。「もしかしたら、この講座がきっかけになって、3DCGの仕事や業界に興味をもつ人がいるかもしれません。MV自体はもちろん、それをつくることも楽しいんだなと感じていただければ嬉しいです。ぜひ、存分に楽しんでいってください」という水崎氏の言葉と共に、講座は幕を開けた。

    水崎氏による歓迎の後は、仲道氏、加藤氏、清水氏が、本作における各々の仕事を丁寧に解説していった。加藤氏はIDOLiSH7の7人のうち、七瀬 陸、二階堂 大和、四葉 環のモデリングを担当した。講座では、二階堂 大和(以降、大和)の手をモデリングしている最中の画面キャプチャーのダイジェスト動画(約4分)が公開され、その手順、造形へのこだわりが語られた。

    ▲加藤氏がモデリングした大和の3Dモデル。本作用にデザインされたステージ衣装に身を包んでいる。衣装のデザインは7人とも異なっており、大和のみ手袋を着用していない。他の6人は白の手袋を身に付けている。3DCGキャラクターをモデリングする場合、いわゆるTポーズ(両腕は水平に、両足は垂直に伸ばしたTの字に近いポーズ)を取らせるケースも多い。しかし加藤氏の場合には、腕を下ろし、脚を肩幅くらいまで開いた状態でモデリングすることが多いという。さらに手の指の関節も若干曲げ気味にしている。このようなポーズの場合、モデリングやボーンの設定は難しくなるものの、アニメーションを付けたときに自然な形やシルエットを表現しやすいという ©アイドリッシュセブン
    ▲本講座で公開された、大和の手のモデリング動画。神風動画では、LightWaveという3DCGソフトを使用している。画面左側には、メモや参考画像が表示されている。本記事の後半では、このモデリングの主要な工程を解説しているため、そちらも参考にしてほしい

    手には、顔の次くらいに、キャラクターの個性や感情が表れる

    先に紹介したモデリング動画は約4分のダイジェストだが、加藤氏の場合、実際のモデリングに要する時間は3時間程度だという。「人間の手は誰もが見慣れているため、キャラクターの手の造形が不自然だった場合、すぐにバレてしまいます。特に噓がつけない造形なので、キャラクターをモデリングするたびにつくり直しています」。繰り返すほどに上手くなり、かかる時間は短くなっていくと加藤氏は語った。

    大和の手を造形するに当たっては、清水氏をはじめとするアニメーターが『動かしたい!』と思うような、モチベーションの上がる3Dモデルにすることを心がけたという。「清水に『大和はどんな手がいいと思いますか?』と確認したところ、『筋張っていて、綺麗だけどゴツゴツ感のある手』という意見をもらったので、そうなるように意識しました」(加藤氏)。同じ部屋に机を並べて作業する清水氏や仲道氏から意見をもらいながら、完成度を高めていったそうだ。

    ▲神風動画のスタジオ風景。社内スタッフに関しては、チーム全員が声の届く範囲に机を並べている(写真提供/公益財団法人 画像情報教育振興協会(CG-ARTS)

    「手には、顔の次くらいに、キャラクターの個性や感情が表れます。だから加藤のモデリングにも、清水のアニメーションにも、こだわりが詰まっています」と仲道氏は補足した。講座では大和の手だけが紹介されたが、他の6人の手にもこだわりが詰まっており、その造形は7人ともバラバラだという。「例えば一番身長の低い(和泉)三月と大和とでは、手の大きさがちがいます。大和は手の甲と指が長めで、爪は短めですが、手の甲が真四角だったり、指が短めのキャラクターもいます」(加藤氏)。

    以降では、モデリング動画の一部を引用しつつ、主要な工程を解説していこう。

    ▲【左】加藤氏の場合、モデルの内容を問わず、基本的にポリゴンのキューブ(立方体)からつくり始める/【右】キューブを分割し、徐々にポリゴンの面の数を増やしていく。左では6個だったポリゴン面が、右では38個に増えている
    ▲【左】ポリゴンの頂点の位置を移動し、手の甲(反対から見れば手の平)の立体的な形をつくっていく/【右】指はシリンダー(円柱)を分割してつくっている。まずは中指をつくり、それを複製することで指の数を増やしていく。なお、ポリゴンの面は基本的に四角形で、部分的に三角形を使っている。五角形以上の面は後工程で問題が発生することが多いため、使わない
    ▲【左】親指をつくっている。この段階まではディテールをつくり込まず、全体のプロポーション調整に注力している。納得のいくプロポーションになったら、段階的にポリゴン面の分割数を増やし、細かいディテールをつくり込んでいく/【右】手の甲と指の接合部のポリゴン面の数を増やし、バラバラだった手の甲と5本の指をつなげていく
    ▲【左】手の甲と親指をつなげている。この段階では、指の第一関節、第二関節のポリゴン面にも隙間が空いている。ポリゴン面を増やし、これらの隙間も塞いでいく/【右】手の大まかな造形が完了した。大和の場合、『筋張っていて、綺麗だけどゴツゴツ感のある手』にする必要があるため、手の甲にディテールを追加していく
    ▲手の甲に浮き出た総指伸筋(そうししんきん)の腱を造形するため、ポリゴン面の数を増やしている。総指伸筋は親指以外の4本の指を伸ばしたり、手首を反らすために使う強力な筋で、体格の良い成人男性の場合には腱の一部が手の甲に浮き出ていることが多い。なお、総指伸筋は上腕骨の外側下部から始まり、前腕の外側を通り、4本の指の骨の第一関節・第二関節部分で終わる。そういった筋や腱の流れを意識しながら造形すると、実在感のある手を表現できる
    ▲完成した大和の手の3Dモデル。【左】はポリゴンのワイヤフレームを表示した状態、【右】はワイヤフレームを非表示にした状態。前述の腱による凹凸を表現するため、手の甲のポリゴン面の数が他の6人よりも多くなっている。なお、この3DモデルではLightWaveのサブパッチと呼ばれる機能を使い、ポリゴンの面と面のつながりを滑らかにしている
    ▲手と身体の3Dモデルをつなげ、テクスチャを表示している。なお、この画面はプレビューのため、実際のレンダリング時よりも簡素な画となっている。【左】は手の甲側、【右】は手の平側。爪の外周、腱、指の関節の内側、手の平、袖口など、陰影ができやすい部分にはテクスチャで色が付けられている
    ▲完成したMVで、大和の手がクロースアップになっているカット。手袋を着用しないという設定のおかげで、他の6人以上に個性を表現しやすい手となった。そのため、手が大きく映るカットを意識的に増やしたという ©アイドリッシュセブン

    前述の通り神風動画ではLightWaveを使っているが、他の3DCGソフトでもポリゴンモデリングの基本的な手順や考え方は共通している。例えばサブパッチであれば、サブディビジョンサーフェスか、それに近い機能を使えば再現できる。加藤氏の動画で3DCGへの興味がわいた人、あるいは3DCGを勉強中の人は、ぜひ各々の環境で手のモデリングに挑戦し、つくり込む楽しさを味わってほしい。

    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_弘田充