2016.10.05 Wed

海外はすぐそこにある>>Weta DigitalでMARI開発に携わったエンジニア。中垣清介氏のキャリアパス

2016年2月、アメリカの第88回 アカデミー賞において、3DペイントソフトMARIの開発に携わったエンジニア4名が科学技術賞を受賞した。この4名の中には日本人エンジニアである中垣清介氏も含まれていたため、日本のCG業界はもちろん、一般メディアでも話題となった。映画『アバター』(2009年公開)を制作中のWeta Digitalに入社した後、一貫してMARIの開発に携わり、現在はThe FoundryでMARIのプロダクト マネージャー(製品開発責任者)を務める中垣氏。三重県四日市市に生まれ、地元高校を卒業した中垣氏が、なぜニュージーランドのWeta Digitalに入社したのか、どのような経緯でアカデミー賞を受賞することになったのか、そのキャリアパスを語ってもらった。

中垣清介氏(シニア ソフトウェア エンジニア/MARI プロダクト マネージャー)

The Foundry
1980年生まれ。三重県四日市市出身。カンタベリー大学(ニュージーランド)を卒業後、金融関連のシステム開発に携わった後、Weta Digitalに入社。2008∼2011年まで、一貫して同社のインハウスツールだったMARIの開発に携わる。MARIの商品化をきっかけに、同ソフトの共同開発・販売を担うThe Foundryへ移籍。2011年以降は三重県に拠点を移し、リモートワークでMARIの開発を続けている。2016年2月、MARIの開発者の1人として第88回 アカデミー賞 科学技術賞を受賞。
www.thefoundry.co.uk

人生のキーは『自分の好きなことを若いうちに見つけられるかどうか』

中垣氏は2000年代初頭の10年間をニュージーランドで過ごしたわけだが、それ以前は日本の大学に通っており、大きな挫折を経験したという。「四日市市の高校を卒業後、大阪の大学へ進学しました。原子力工学を専攻するつもりで2年まで進んだものの、勉強内容に興味をもてず、落ちこぼれてしまったのです」。大学を中退した中垣氏は、心機一転を図りニュージーランドへと渡った。ワーキング・ホリデー制度を活用し、働きながら英語を学ぶうちに、ニュージーランドでの暮らしがすっかり気に入ってしまったという。

「渡航先にニュージーランドを選んだのは、アメリカやイギリスに比べれば学費が手頃だったからです。実際に暮らしてみると、人も自然も素晴らしく、特に南島の風土が気に入りました。日本では中退したものの、大学は卒業しておきたかったので、改めて南島の大学で勉強し直そうと思ったのです」。

南島に位置する国立のカンタベリー大学に進んだ中垣氏は、コンピュータサイエンスと数学を専攻し、第1級の優等学位(First Class Honors)まで取得して4年間の学士課程を修めた。ちなみに学士論文のテーマは画像圧縮だったそうだ。「1年次の一般教養で色々な分野を学んでみて、1番楽しかったのがコンピュータサイエンスと数学でした。日本での挫折は勉強内容をまったく楽しめなかったことが原因なので、カンタベリー大学では自分が打ち込めるものを真剣に探しました」。

少し遠回りをしたものの、自分の好きなことを若いうちに見極められて良かったと中垣氏は語る。「どんな人でも、最終的には自分の好きなことや得意なことに行き着くと思っています。とはいえ、どうせなら早めに見極めた方が人生を満喫できます。『自分の好きなことを、若いうちに見つけられるかどうか』が人生のキーポイントではないでしょうか」。

▲最初の大学入学から、取材時点(2016年8月)までの中垣氏のキャリアパス。カンタベリー大学でコンピュータサイエンスと数学を学ぶ楽しさを知ったことが、人生のターニングポイントとなった

CGの仕事は、ビジュアルが最終成果物だから何倍も刺激的

カンタベリー大学を卒業した中垣氏は、同じ南島にあったKakapo Technologiesに就職した。同社は金融関連のソフトウェアやシステムを開発する会社で、当時の社員数は10名未満だったという。「全学生宛に一斉送信されたリクルーティングのメールで会社のことを知り、CV(※)を送りました。面接を受けて採用が決まった後は、法人担当のソフトウェア エンジニアとして銀行の金融システムを制作しました」。

※Curriculum Vataeのことで、CVと略す。日本の履歴書や職務経歴書にあたり、連絡先、個人情報、職歴、学歴などを記載する。

しかし、Kakapo Technologiesでの勤務はわずか1年で終了した。「大学時代の良いライバルで、すごく親しい友人でもあった同級生が、卒業後にWeta Digitalに就職していたのです。彼の紹介で、後に上司となるJackと会うことになり、『Weta Digitalで仕事をしてみないか?』と誘われました」。当時も今も、Weta Digitalは世界中から優秀な人材が集まる世界最高レベルのVFXスタジオで、誰もが容易く入れる場所ではない。「おそらく、事前に友人が私のことをJackに説明し、推薦もしてくれたのだろうと思います」。

このとき中垣氏が出会ったJack Greasley氏はMARIの開発チームでリーダーを務めており、中垣氏はJack氏の招待でチームに合流することとなった。Jack氏と中垣氏の縁はその後も継続し、2016年2月にはMARIの開発者として共にアカデミー賞を受賞している。

「金融の仕事も楽しんでいましたが、Weta DigitalでのCGの仕事は、私にとって何倍も刺激的なものでした。金融システムの最終成果物は数字です。当時は2種類の計算式の結果が合っているかどうかを判別するシステムなどをつくっていました。一方で、CGの場合はビジュアルが最終成果物となります。素晴らしいビジュアルは観る人を感動させますし、物語を伝えることもできます。私は絵が下手なのですが、プログラミングを介して苦手な絵に関われることにも喜びを感じていました」。

自分の殻に閉じこもらず、アーティストの世界に踏み込んでみる

中垣氏がWeta Digitalに入社した2008年1月当時、MARIの開発は軌道に乗り始めていた。当時の開発チームにはJack氏を含む3名のエンジニアが所属しており、中垣氏は4人目のメンバーとして、プロダクション・パイプラインへの導入間近だったMARIのテストやデバッグを担当した。「最初のポジションはジュニア コーダーでした。当時の私は映画制作にもCGにも精通していなかったので、まずは『今の自分に何ができるのか?』を考えました。自分の殻に閉じこもっていても知識は増えないので、MARIを使い始めたばかりのアーティストたちのブースへ出向き、何が使えて、何が使えないのか、話を聞いてまわりましたね」。

当時のWeta Digitalは映画『アバター』の制作に邁進しており、ジェームズ・キャメロン監督の要望を叶えるための技術やツールが数多く開発された。その中で生み出されたMARIは、『アバター』と一緒に成長したソフトだと中垣氏は語る。2009年に公開された『アバター』には、当時最先端の技術が惜しげもなく投入されており、非常にフォトリアルなキャラクター、クリーチャー、宇宙船、自然風景などの描写は、世界中の人々に大きなインパクトを与えた。


▲映画『アバター』(2009)のオフィシャルトレーラー


「フォトリアルを実現する上で大きな課題となったのが、リアリティのある質感表現でした。そのためには高精細なテクスチャデータを、大量かつ効率的に制作することが必須だったものの、それが可能なツールはなかったのです。『だったら作れば良い!』という発想から、MARIの開発がスタートしました」。必要とあらば、新しい技術やツールをドンドン開発する。それがWeta Digitalの文化だという。

『アバター』のプロダクション・パイプラインに投入されたMARIは、数多くのアーティストに使われる中で、徐々に洗練され完成度を高めていった。「アーティストの声を聞いては、新しい技術をMARIに投入する。それを繰り返すうちに、映画制作やCGの知識が深まり、周囲から頼りにされるようにもなりました」。その働きが評価された中垣氏は、入社から1年でソフトウェア エンジニアとなり、その1年後にはシニア ソフトウェア デベロッパーとなった。

ステップアップを志すなら、専門外の知識を身に付けることが大切と中垣氏は語る。「例えば『テクスチャをMARIから出力してレンダリングしたら、色が変わってしまった』という問題が起こったとします。この情報だけでは、問題の原因がMARIそのものにあるのか、MARIからテクスチャを出力した後の工程にあるのか特定できません。プロダクション・パイプラインの中でMARIがどう使われているのか、自分の目で確かめて知識を増やさなければ、問題解決にいたらないのです」。

エンジニアであれば、アーティストの世界に踏み込んでみる。アーティストであれば、エンジニアの世界に踏み込んでみる。その一歩がもたらす価値は大きいという。「これまでに出会ったアーティストの中には、テクニカル アーティスト(TA)やテクニカル ディレクター(TD)になり、さらにスーパーバイザー(SV)へとステップアップした人もいました」。


▲中垣氏はCEDEC 2016にて「世界で戦うソフトウェアエンジニア ~アカデミー賞受賞ツールMARIの開発現場から~」と題する講演を行い、MARIの開発現場で得た経験・知見などを発表した。上はその講演で使用したスライドの一部で、専門外の知識を身に付ける価値を、エンジニアの立場、アーティストの立場に分けて具体的に解説している

日本で開発していても、世界中のユーザーの声が日々届けられる

『アバター』が公開された翌年の2010年、MARIの商品化が決定した。それ以後、MARIはThe FoundryとWeta Digitalが共同開発し、The Foundryが販売を担うことになった。開発チームのリーダーだったJack氏はThe Foundryへ移籍し、MARIのプロダクト マネージャーとして開発を継続した。「MARIは当初から商品化を意識して開発されてきました。Weta Digital以外のVFXスタジオのプロダクション・パイプラインにも統合できるよう設定ファイルを切り分けておく、メンテナンスしやすいようモジュール化しておくなどの配慮がなされていたおかげで、商品化後は世界各国のVFXスタジオへ導入されていきました」。


▲2010年に公開されたMARIの紹介動画。中央にいる眼鏡をかけた男性がJack Greasley氏だ


2011年には中垣氏もThe Foundryへ移籍し、10年間住み続けたニュージーランドに別れを告げ故郷の三重県に拠点を移した。「子供が生まれたこともあり、『そろそろ日本へ戻りたい』という思いが強くなりました。The Foundryに『日本からリモートで仕事をしても良いか?』と確認したところ快諾してもらえたので、移籍を決意したのです」。The FoundryはMARI以外にも様々なソフトウェアを開発・販売しており、約400名の社員の2/3がエンジニアだ。中垣氏のようにリモートで仕事をする社員も珍しくないそうで、日本国内だけでも他に3名のエンジニアがいるという。

2016年現在、Jack氏はMARIの開発から手を引いており、中垣氏がMARIのプロダクト マネージャーを引き継いでいる。中垣氏の仕事部屋は自宅の中にあり、イギリスのThe Foundry本社やアメリカ支社の社員とはメールやWeb会議システムでやり取りをするそうだ。

「時差があるため、イギリスやアメリカの社員とリアルタイムに話ができるのは夕方以降です。そのぶん日中は開発に集中できます。Weta Digital時代との大きなちがいは、MARIを使うアーティストのデスクへ出向き、直接話を聞いたり、問題の発生箇所を見たりする機会がなくなったことですね。どうしても問題の原因を突き止めるのに苦労することはあります。一方で、The Foundryにはテストやサポートの専任スタッフがいるため、MARIの開発により集中できるようになりました」。

最初に紹介した通り、2016年2月にはアカデミー賞 科学技術賞に輝いたMARIだが、まだまだやりきれていないことがあると中垣氏は語る。「さらに色々な人に使ってもらい、もっと使いやすいソフトウェアへと進化させたいです。MARIのユーザーは世界中にいて、日本で開発していても、世界中のユーザーの声が日々届けられます。開発競争をするライバルも世界中にいます。海外はすぐそこにあるので、グローバルな時代だという意識を忘れずに開発を続けていきたいです」。

▲中垣氏がCEDEC 2016の講演で使用したスライドの一部。海外はすぐそこにあり、インターネットと英語があればすぐにつながることができる。小さい世界に閉じこもらないでほしいと受講者に語りかけた





TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田充

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